「さざれ石」、なにかこのワードに引っかかる人も多いのでは?そう、「君が代」の歌詞に出てくるこのワード、どういった意味があり、福王子神社とどのような関係があるのでしょうか?
さざれ石とは
「さざれ石」の「さざれ」は、細かいという意味で、
細かな石がくっついて固まったということです。
この福王子神社に「さざれ石」があるのですが、
この「さざれ石」は語源のように小さい石がくっつき固まったものではないのです…!
福王子神社の「さざれ石」は、化石が集まってできた岩であり、
保津峡両岸の岩壁と同じものなのです!
これらは約2億5千万年前に赤道付近の深い海の底で形成され、
太平洋プレートに乗り北上、
長い年月を経て日本に到着、
その後海底が隆起して地表に現れてきたものだと考えられています。
歴史の長さを感じさせる「さざれ石」は本殿と摂社(夫荒社)との間にお祀りされていますので是非ご覧下さい!
ご祭神としてお祀りしている班子女王は第58代光孝天皇の皇后で、
仁和寺を開基した宇多天皇の母にあたります。
応仁の乱により荒廃しましたが、
寛永21年(1644年)に仁和寺とともに徳川幕府により再建されるなど、
仁和寺と深いつながりがあります。
本殿、拝殿、鳥居、石燈籠が国の重要文化財に指定され、
さざれ石や鳴滝砥石の扁額など貴重なものも残っています。
鳴滝砥石
鳴滝砥石は、音戸山・梅ケ畑・高雄と連なる山並みの中腹から産出され、きめ細かで適度の硬さと吸水性があります。そのため、剣や刀など鋭利な刃物を研ぐものとして、上質な鳴滝砥石は京都の特産品として珍重されてきました。砥石の採掘は鎌倉時代に始まり、明治、大正時代に最盛期を迎えました。現在はほとんど採掘されていませんが、日本地質学会により「県の石」に選定されました。福王子神社で扁額として使われている鳴滝砥石は、大正十三年に奉納されたものであり、横幅140cm、高さ50cm、厚み5cmに達し、150kgを超える重さとなっています。表面には、御室仁和寺の第三十七代浦上隆應門跡の揮毫による「遍照」の文字が刻まれています。以前は拝殿の正面に掲げられていましたが、現在は拝殿が重要文化財に指定されたため文化庁の意向により掲げることができず、社務所内に保管されています。ご覧になる際は事前に社務所までお問い合わせください。
福王子神社へ行ってみよう!
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